なぜミュージシャンはカレー屋になりたがるのか
なぜミュージシャンはカレー屋になりたがるのか。私の知り合いにも、何人かいる。奥さんと二人で、小さなカレー屋をやっている。

なぜミュージシャンはカレー屋になりたがるのか。
私の知り合いにも、何人かいる。
奥さんと二人で、小さなカレー屋をやっている。
そして実は、私の夢も「老後はカレー屋」だった。
他人のことを不思議がっている場合ではない。
私も煮込まれていた。
ミュージシャンは、一人暮らしが長かったりする。
最初は、何日か食べられて便利だから作る。
ところが、同じものを何度も作っていると、
気になり始める。
玉ねぎをもう少し炒めたら。
このスパイスを少し足したら。
一晩置いたら。
この感じを、私は知っている。
ギターの音を、延々と作っているときだ。
もう少し太く。
でも、輪郭は残したい。
何か足りない気がする。
足してみる。
違う。
戻したい。
カレーには、アンドゥがない。
スパイスの配合は、アレンジにも似ている。
単体では良い香りでも、
全員が前に出るとやかましい。
主役を決めて、脇役を配置する。
隠し味には、ちゃんと隠れていてもらう。
「俺もいるぞ」と叫ぶ隠し味は、
音量の大きすぎるギタリストである。
そうやって研究しているうちに、
いつの間にか、
自分にしか作れないカレーができる。
「ここで、これを入れるんだよね」
もう、自炊している人の口調ではない。
新作について語る作家の口調だ。
すると、人に食べさせたくなる。
おいしい、と言われる。
おかわりまでされる。
これは、うれしい。
曲を聴かせて、
「独特の世界観ですね」
と言われるより、手応えが明確だ。
皿が空になっている。
少なくとも一曲、
最後まで聴いてもらえた。
そうか。
店をやればいいのか。
自炊が、いつの間にかソロプロジェクトになっている。
たぶん、大きな飲食企業を作りたいわけではない。
小さな店で、
好きな音楽を流して、
自分の作ったものを出す。
目の前で誰かが喜んでくれる。
もちろん、毎日仕込んで、洗い物をして、
帳簿をつけるのは大変だ。
老後だからといって、急に楽になる夢ではない。
おいしくしたい。
高くはしたくない。
でも、家賃は払いたい。
そんなバランスを延々と考えるのは、
どんなビジネスでも同じだ。
それでも、ちょっと憧れている。
音楽をやめてカレー屋になる、というけれど、
本人としては、たぶんやめていない。
今度の作品は、ライス付きなのである。