危険そうなものが、いちばん危険とは限らない
私は格闘技にぜんぜん詳しくない。だから普通に考えると、いちばん危険なのはMMAだと思っていた。

私は格闘技にぜんぜん詳しくない。
だから普通に考えると、
いちばん危険なのはMMAだと思っていた。
殴る。蹴る。
投げる。絞める。
倒れた相手にも攻撃する。
キックボクシングにも、パンチだけでなく、見るからに痛そうなローキックや、まともにもらったら人生について考え直しそうな膝蹴りがある。
それに比べれば、ボクシングはパンチだけだ。
使える技が少ないのだから、
少しは安全なのだろうと思っていた。
ところが、カナダのある比較研究では、ケガ全体はMMAのほうが多い一方、意識を失う負傷はボクシングのほうが多かったという。
もちろん、これだけで死亡率や将来の脳障害まで順位をつけることはできない。
それでも、使える技が多いほど危険、
という単純な話ではないらしい。
MMAには、勝負を決める出口がいくつもある。
組みついて倒し、有利な体勢をつくる。
関節技や絞め技で降参させる。
頭を殴って倒す以外にも、
試合を終わらせる方法がある。
キックボクシングなら、
脚への蹴りが勝負を左右することもある。
一方、ボクシングで攻撃に使えるのは拳だけだ。
蹴ってはいけない。
投げてはいけない。
絞めても、関節を極めてもいけない。
もちろん、ボディーブローもあるし、
判定で勝つこともできる。
それでも、頭に何度もパンチが入る光景を見ると、
「拳だけだから、少しは安全」という考えは揺らぐ。
技の種類が少なくても、
身体に加わる衝撃まで少なくなるわけではない。
一発のハイキックは、見るからに恐ろしい。
しかし、頭に衝撃を受けた選手へ、
さらにジャブが入り、フックが入る。
ダウンしても、続行可能と判断されれば、
また打ち合いが始まる。
派手さと、身体に起きていることは、
必ずしも同じではない。
最近、小さなテーブルを挟んで向かい合い、
一発ずつ相手の顔を平手打ちする競技がある。
スラップ・ファイティング。
興行名では「Power Slap」というらしい。
避けてはいけない。
ガードもできない。
順番に一発ずつ、相手の顔を叩く。
判定もあるそうだが、打撃を避けたり防いだりすること自体が反則になる。
初めて見たときは、人類はついに格闘技から格闘を取り除いたのかと思った。
なんと律儀で、
なんと理不尽な順番待ちだろう。
ただ、これをボクシングの本質だと言うのは乱暴だ。
ボクシングでは、
相手の攻撃をかわすことも技術である。
こちらでは、かわしたら反則になる。
「殴られないための技術」を取り除いた時点で、
それはもう別の競技だ。
それでも、あの露骨な平手打ちを見たあとでは、華麗な攻防の中にもある「頭への衝撃を受け止める」という一面が、急に気になってしまう。
MMAは、打撃と組み技を組み合わせる。
キックボクシングは、拳に加えて脚も使う。
ボクシングは、拳での攻防を磨き上げる。
使える技を広げる面白さもあれば、
限られた技を、どこまでも深める面白さもある。
「拳だけ」と言っても、
そこにある技術が少ないわけではない。
距離。
角度。
速度。
タイミング。
その制限の中に、
途方もなく細かな違いが生まれる。
使えるものが少ないことで、
表現が深くなることがある。
音楽も同じで、コード三つとギター一本のほうが、機材を並べた曲より遠くまで届くことがある。
ただしボクシングの場合、
その表現を受け止めているのは、
相手の身体であり、脳でもある。
拳だけという制限から、
あれほどの技術と美しさが生まれた。
そして、その美しい攻防の中で、
人の身体には衝撃が積み重なる。
美しさと危うさが、
まったく同じ場所にある。
それを同時に見てしまうことが、
素人の私には、どうにも怖い。