私は、ビートルズのライブを観たことがない
私は、ビートルズのライブを観たことがない。ボブ・マーリーも、ジミ・ヘンドリックスも、ジェームズ・ブラウンも、マイケル・ジャクソンも、生で体験していない。それでも大好きだ。

私は、ビートルズのライブを観たことがない。
ボブ・マーリーも、ジミ・ヘンドリックスも、ジェームズ・ブラウンも、マイケル・ジャクソンも、生で体験していない。
それでも大好きだ。
今でも聴けば、胸が騒ぐ。
なぜか。
録音作品が残されているからだ。
私たちは、彼らの現場を知らない。
当時の熱狂も、会場の空気も、客席のざわめきも知らない。
それでも、彼らの音楽に人生を動かされている。
ミュージシャンは、録音作品というアートを作ったからこそ、世界中に届き、経済を動かし、歴史に残ってきた。
もしビートルズがライブしかしていなかったら、リバプールの一部の人の記憶に残るだけだったかもしれない。
ジョージ・マーティンとともに録音作品を作ったからこそ、ビートルズは世界史上のビートルズになった。
録音は、単なる記録ではない。
音楽にとっての巨大な発明であり、ひとつの芸術形式だ。
録音芸術。
ミュージシャンとは、録音芸術を生み出す人である。
録音物は、時間を超える。
国境を超える。
世代を超える。
ライブは、その場にいた人の記憶になる。
それも、とても素敵なことだ。
でも、私にとって音楽の記憶のほとんどは、そうではない。
昔、FMラジオから聴こえてきた、あの曲。
レコードに針を落として、コンポの前にじっと座って聴いた、あのアルバム。
大阪から新潟へ帰る高速道路で、カーステレオから流し続けた、あのアルバム。
そして、その時の空気と風景。
私にとって音楽とは、そんな記憶ばかりなのである。
だから私は、今日も録音物を作る。
未来の誰かが、まだ私を知らないまま、ある日ふとその音に出会うかもしれないからだ。
その時、私はそこにいなくてもいい。
音楽だけが、その人の記憶の風景と空気の一部として、そこにいてくれたらいい。
そんな私の全世界の誰かに向けた全曲英語詞のニューアルバムがこちらです。
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